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南紀 備後川大谷

【メンバー】CL高嶋、A木

【コースタイム】

1日目

JR長岡京駅20:00→備後川24:00

実に、一年ぶりの沢登りである。午後8時に長岡京でA木君を拾い、一路南紀へ。備後橋からは道路に岩が散在していて、いつ通行止めになってもおかしくない状態だった。ウサギ、タヌキ、シカが出迎えてくれたが、なかでもウサギは道路わきに逃げればいいものを、車の進む方向に逃げるものだから、延々と走らせてしまった。林道は大谷出合直前で崩壊しており、少し戻って車で仮眠。

 

2日目

大谷出合6:50→瀬戸小屋谷出合7:10→二俣8:15→50mナメ滝上9:45→稜線11:00→林道終点12:00(昼食)→大谷出合13:00

6時起床。盛夏ゆえか、ひんやりとした空気は感じられず、快適な溯行を予感させる。出合はX字谷となっており、橋は水面からかなり上のところにかかっているが、橋のたもとに入谷道がついており、川には楽に下りることができる。出だしから両岸が狭まり、暗い感じがする。長渕を快適に泳ぎ渡り、あっという間に瀬戸小屋谷出合に到達。その後、滝が連続するが、片っ端から泳いでとりつく。一箇所、悪いまきがあり、スリングをつかった。これまたあっという間に二俣につく。休憩をしてから、核心の連瀑帯に入る。直登したり、まいたりしてぬけるが、悪いのはない。一度だけ、上まで巻き上がるのが面倒でショートカットしようとしたのがたたって、ロープを出す羽目になった。3段30mを右からまき、懸垂でおりると、早くも50mナメ滝だ。久々のナメの岩床、やはり気持ちいい。下流をみると、正面に三角の端正な山がそびえ、上流はいかにも南紀らしいおだやかな山並みがもう手に取るように近くにみえる。来てよかったと思う一瞬である。最近の記録の多くはこのあたりから右岸の尾根にあがり、尾根の反対側にある林道に出ている。我々もそうするつもりだったが、あまりにも早くついてしまったので、計画を変更し、このまま稜線までつめあがって、大谷右俣沿いの道を下ることにした。源流はさすがに滝の数は減るが、ほどよく滝が配置されている。何よりも、ナメが多いのが嬉しい。穏やかな源流のナメ床を、どこまでも澄み切った水が光を浴びて流れ落ちる。きらめく反射光をみながら、のんびり溯行する。これにお花畑があれば最高なんだが、南紀の沢にそれを期待することはできない。最上部はガレ谷となり、視界がぐんと開ける。水のない風景とはなんて味気ないのだろう・・・。右俣を下る予定なので、右へ右へと進路をとり、最後は明るい林のなかをすこし登ると稜線に出た。登山大系には溯行時間は7時間とあるが、たった4時間で登ってしまった。稜線はまったく藪がなかったので、遠回りになる右俣よりは右岸の尾根を912mピークまで下って林道に出ることにした。尾根上にはなんとなく道がついており、912mピークにたどりつく。ここから西南西に尾根を下る。鹿よけ柵の北側に不明瞭な道が続く。思惑通り、林道終点に出て、昼食をとったあと、のんびりと出発地点に戻った。もし最初から林道に出るつもりであれば、775m付近の二俣を左にとれば、比較的楽に(つまり藪こぎもなく)右岸尾根に上がれそうだ。ヒルに二箇所かまれたことを付け加えておこう。もう少し規模が大きければ面白い谷だと思う。足慣らしの一本としてはちょうどいいが、ひどく遠いので、南紀がすきという人以外には、あまり勧められない。

 

Mt. Rotui, Moorea, Tahiti

 

Day 1

11時間の飛行を終え、昼過ぎにタヒチに着いた。紺碧の空を期待していたが、そこに広がる空は日本でも見慣れたくすんだ灰色の空だった。わずか1時間ほど前に空から見下ろしたボラボラ島は、まるで大海原に埋め込まれた真珠のように、あでやかな翠の環を浮かび上がらせていた。これだけ大枚をはたいてはるばるタヒチまで来たのだから、やはり海の美しさで名高いボラボラBora Boraへ行くべきだったのか。後悔の念がよぎる。空港で両替を済ませ、タクシーに乗ってパペーテPapeete港へ。くすんだ空のせいか、港で見下ろす海はどことなくくすんでいる。ここから船に乗ってモーレア島Mooreaへ向かう。この船はかつて日本で使われていたらしく、随所に日本語の表示が残っている。約1時間でバイアレVaiareの港に着く。粗い岩肌をむき出しにした山が海に迫る。椰子の葉が雨でぬれ始めた。一台しかないタクシーをつかまえ、ホテルへと急いだ。海ですこし遊び、夕食をたべ、午後9時頃、蚊帳の中にもぐりこんだ。誤算はここから始まった。朝までゆっくり寝れば、時差ボケは解消されるはずだった。実際、いい具合に眠気が襲っていた。ところが、である。時差など全くわからない2歳前の子どもが寝るのを嫌がってなき始めた。あれこれなだめても泣き止まず、夜中の3時頃までぐずりつづけた。

 

Day 2

 目覚めると10時半、朝食の時間は終わったばかりで、12時まで飢えた胃袋をかかえてじっと耐えねばならなかった。子どもが一緒だと食事に行って戻ってくるだけで1時間半から2時間は平気でかかってしまう。海で少し遊んだら、もう夕方だった。翌日の山登りに備えて、自転車を借りて買出しにいった。フレンチポリネシアは物価が高いことで有名である。東京よりも高い。ちょっと買い物をしただけで1万円近くになってしまう。ホテルの夕食は毎晩二人で1万4千円ほどした。近くに食べるところがないから仕方がない。まあせっかくリゾートに来たのだから、たまにはこんな贅沢もいいだろう。

 

 Day 3

 今回、登ろうと考えていたのはタヒチ島にあるアオライAorai, 2066mという山である。Amazon.frで購入したBalades en montagne: Tahiti-Mooreaに詳しい説明があり、事前に検討していたが、片道10キロ、標高差1400mという行程に少しためらいを感じていた。著者は1日目の午後に途中の小屋まで登り、翌朝登頂することを勧めている。なぜなら、この山は午後には決まってガスに覆われ、眺望がなくなってしまうからだ。しかし、子連れで小屋泊まりということになれば、いろんな装備が必要になってくるが、そんなにたくさん持っていく余裕はない。ガイドを雇うのも面白くない。(なんとタヒチにはアルパインクラブがある!)そこで標高は低いが手軽なモーレア島のロツイ山Rotui, 899mを目指すことにした。本には陽をさえぎるものがないから、水は必携だと書いてある。標高0mからスタートするのが気に入った。

 モーレア島は交通が不便なところで、ホテルから15km先にある登山口まではタクシーを使うか、自転車しかない。もちろん、自転車でいった。前日に聞いたところでは8時にレンタルバイクの店が開くとの事だったので、この日は6時半におきて準備をした(子どもがいると準備にも時間がかかる・・・)。8時に行ってみると、店はまだ閉まっていた。壁にモーレア島の地図が貼ってあった。それによれば、マウアプタMouaputa, 830mという山にも道がついている。(ちなみに、タヒチ島の地形図は日本で入手できなかった。現地の本屋には売っていたが、道は記入されていない)こちらはロツイとちがって、谷沿いに道がついているらしく、途中に滝のマークが書いてあった。しかもここから登山口まで7キロほどである。無理せずこちらにすべきかと思ったが、僕は自転車に乗っていくのも面白そうだということで、A子はロツイは両側が湾になっていて景色がきれいそうだということで、元通りロツイに行くことにした。しかしこの選択は、山頂に立つことを目的とするならば、完全に間違っていた。20分くらいたって、ようやく人があらわれた。時間にあくせくするような場所ではないものの、朝の涼しい時間帯は貴重だ。ここタヒチはいま冬で、朝晩はけっこう冷え込み、動き回るにはちょうどいいのだ。

 自転車でのアプローチはそれ自体が楽しい。美しい海を見ながら、のんびりと自転車をこいでいく。雲間が切れ始め、南の空が戻ってきた。急に暑さが身にしみてくる。マハレパMaharepaの町というには小さすぎる町をすぎ、道が南へ大きくカーブするとクック湾が目に飛び込んでくる。白い客船が浮かび、その背後にはロツイの荒々しい山塊がそびえたっている。クック湾の一番奥にはパオパオPaopaoの集落がある。学校では小さな子どもたちが元気よく走り回っていた。教会をすぎると坂道になり、そこをクリアしてしばらく進むと、シェラトンホテルの入り口である。『地球の歩き方』に掲げられている地図によれば、登山口はこの辺りである。ここまで1時間半。

しばらく進んでみるが登山口がよくわからない。引き返して、ホテルの門番に聞いてみると、三本目の道を左だとのこと。これがまた分かりにくい。ホテルから150mほど進んだところで左に曲がる。いきなり人家に行く手を阻まれる。道を間違ったか?ともかく準備をする。10時半。すでに猛烈な暑さだ。民家の周りをうろうろして犬にほえられながら、ようやく道を発見。民家の右側に木があって、そこにRotuiと書いてあるがかなりわかりぬくい。最初の数十メートルこそ背丈より高い潅木の中で、わずかながらも日陰というものがあるが、そこを過ぎると完全に炎天下。しかも上をみあげると、途中に一箇所木陰らしきものがみえるほかは、上までずっと日陰がない。道は滑りやすいところもあるが、さほど悪くはない。ところどころ出てくる岩は熱したフライパンのよう。唯一、背後に果てしなく広がる青い海が気持ちを休ませてくれる。標高をあげるに連れて、海がぐんぐん広がり、色に深みが増す。

子どもを背負って歩いている自分自身もつらいが、黒いザックと汗だくの背中に挟まれた子どもはもっとしんどいはずだ。親の趣味に付き合わされてかわいそうに。とにかく木立まではがんばるぞと自分に言い聞かせ、休憩しながら徐々に高度を上げていった。木立は稜線に出たところにあり、涼しい風が吹き抜けていた。いままでの苦しみもどこへやら、幸せな気分に浸った。ここまでが急登であとはアップダウンを繰り返しながら細い稜線の上を頂上までゆるやかに道が続いていた。すでに1時、標高はやっと300m。行けそうな気もしたが、最終的には断念した。持ってきた食べ物が食べられなかったのだ。果物はおいしく食べられたが、クッキーやパンは暑さのせいで喉を通らない。食べずに登るわけにもいかず、残念ながら下山することにした。しかしやはり悔しいので、先に見える小ピークまでいった。後でみた地形図によれば384mのピークである。そこで子どもにクッキーを食べさせ、写真をとってから下りはじめる。半分くらいおりたところで、西洋人のカップルとすれちがった。物好きがいることに驚いた。頂上までどれくらいかかったかと聞かれたので、暑くて途中で下りてきたと答えた。

下まで一気にくだったが、自転車のところでしばらく休まずには動き出せなかった。シェラトンホテルに入り、ビーチのレストランでロツイ山を見上げながら昼食をたべた。どこまでも乾燥した大地は、想像していた恵み豊かな熱帯の山とはかけ離れていた。子どもはすごい勢いでジュースを飲んでいる。さぞかし疲れたことだろう。しばらくして、山ですれ違ったカップルがやってきた。結局彼らも暑くて下りてきたのだという。彼らはこのホテルに泊まっているようなので、どうして朝の早い時間にいかなかったのだろうか不思議でならなかった。ともかく、こんな日に登る山ではなかった。ビーチでひとしきり遊んでから、自転車にのってホテルに戻った。皮肉なことに、この日は日没の時刻までタヒチの山がはっきりとみえた。7日間の滞在中で一番はれた日であった。運が悪かったと言うほかない。

今回のささやかな収穫は、最後の晩にふらっと立ち寄った本屋でVerticalとAlpinisme & Randonnéeという山の雑誌を買えたことである。

 

甲斐駒ヶ岳 黄蓮谷右俣

【メンバー】 高嶋、U田、N沢

9月18日

竹宇駒ケ岳神社07:40→旭滝08:30→不動滝09:10→遡行開始10:30→噴水滝11:15→千丈滝12:45→坊主滝13:20〜14:00→奥千丈手前テン場15:05

17日、午後10時に京都駅集合。駒ヶ岳神社には午前2時半ころ到着。寝支度をして仮眠すること3時間半、6時半に起床。快晴。荷わけをして出発。

黄蓮谷への入り方はいろいろあるだろうが、我々は尾白川渓谷道をさかのぼっていった。僕の持っているエアリアマップは94年版で、それには不動滝から千丈滝まで点線の道がついていたので、あわよくば、この道をたどって曲り淵の先まで行ければと思っていた。しかし、N沢くんが持っていた98年度版にその道はすでになく、道は林道のほうに上がっていた。この道は地形図にも載っていない。結局我々はこの道をたどって、200mのぼって林道にあがり、林道終点から100m下って沢に入った。これが賢明な方法だったかはわからないが、ともかく最新の情報を収集しておく必要性を痛感した。

 沢はいきなりナメと滝の饗宴からはじまる。花崗岩の白い岩に深々と澄み渡る水が映える。もう少し気温が高ければ、じゃんじゃん飛び込んで泳げるところだが、さすがに9月の中旬ではそうはいかない。快調に次から次へと滝をこなしていく。ときおり巻かねばならない滝もあるが、巻き道は明瞭で問題ない。あっという間に噴水滝に着く。小休止。ここでおもむろにシャツを脱ぎ、釜に入る。そしてフリスビーに興じた。といっても寒いので、長いことつかっていることはできない。真剣に遊んだせいか、それとも寝不足のせいか、ちょっと疲れがでた。

 本谷を右にみやり、なおもナメ状の美しい渓相のなかをいくと、巨大なナメ滝が目の前に立ちはだかる。千丈滝だ。さすがにそのまま登る気はせず、しばし休憩する。滝のたもと、右岸からまく。ぐんぐんあがっていくが、横にはひたすら滝がつづいている。本当に大きな滝だ。滝の上で沢にもどり、今度は左岸をまく。途中にいいテントサイトがあり、焚き火のあとがあった。かなり疲れていたので、ここで泊まりたかったが、明日のことを考えると、もっと進んでおかないといけない。やがて、扇状に広がる空間に漆黒の坊主滝が姿を現した。冬は快適に登れるこの滝も、いまは全く手も足もでない。ここで眠気がピークに達し、休憩を提案する。はからずも、メンバー全員の考えは一致し、昼寝をすることにする。半時間ほど寝る。

 まだ完全に目が覚めてはいないが、そうのんびりはしていられないので、先を急ぐ。右手のガレたルンゼを少し登り、左手の急な斜面にとりつく。道は錯綜していたが、沢におりる気配はなく、ぐんぐん登っていく。下りる場所をうかがいながら進むが、なかなか下りられない。眠気のせいで、思考能力がいちじるしく低下していた。道はまだ登っているようだが、あまり巻いてしまうのもいやなので、適当なところから強引におりた。そこは二俣だった。六丈沢の出合だろうか。その上の滝はちょっといやらしく、最後に数メートルほどロープをつかって滝上にもどった。そろそろテン場を探さないといけないが、谷はいよいよ狭く険しくなり、泊まれそうなところは当分なさそうだった。少しガレた、やや広い箇所に出たので、そこで泊まることにする。荷物をおいて付近を探索すると、絶好のビバークポイントがあった。

 今回は使いくさしの小さなガス缶しか持ってきていなかったので、調理は焚き火に頼らねばならなかったが、さいわい薪は豊富にあった。ここでフリスビーが縦横無尽の活躍をした。焚き火に風をおくることができ、切った野菜をのせることもできた。ただ残念ながら、疲れていたのと、場所が狭かったのとで、本来のつかい方はできなかったが・・・。

 今日は満月、明るい夜だった。夜中の2時に目が覚めて、用を足しに行ったが、ヘッドライトは不要だった。沢は白くうかびあがり、天上へと降り注ぐかのよう。しばし茫然と自然の演出にひたる。意外とあたたかかったが、さすがに明け方はすこし冷え込んだ。

9月19日

19日/出発06:40→奥千丈滝07:05→奥の滝09:30→稜線(摩利支天」分岐)10:25→10:50山頂→11:05→七丈小屋12:15→竹宇駒ケ岳神社14:55

 5時に起床。焚き火をおこすのに手間取り、準備に少々時間がかかった。6時40分発。二俣はどこかと思いながら、次々とあらわれるナメ滝を登っていく。やがて、これはおかしいと思い始め、自分たちがいま奥千丈滝を登っていることに気づく。昨日みた二俣は六丈沢との二俣ではなく、右俣との分れだったのだ。六丈沢出合は巻いている途中にすぎてしまったらしい。意識なかば朦朧としていたので、まったく注意もしていなかった。奥千丈滝は登れる滝あり、まく滝ありで、急速に高度を上げていく。烏帽子沢をわけたところで、インゼルに入り込み、右往左往した挙句、ひょっこり広大な空間に飛び出した。そこではじめて先行パーティにあった。長野から来たと言う。話を聞いていると、やはり近くていいなあと思った。我々はここへ来るだけでも時間がかかり、大きなハンディを背負っている。彼らは奥千丈滝をほとんどまいてしまったらしい。一度まきはじめると下りられなかったようだ。しばらく彼らのあとを歩くが、奥の滝で追い越させてもらった。奥の滝はかろうじて水がしみだしているものの、そこから上は完全にガレていた。

 沢は終わったが、頂上まではまだ遠い。踏みあとをたどりながら、一歩一歩のぼっていく。最近山にいってないせいか、足が上がらない。ひたすら我慢して登る。ひょっこり稜線に出ると、そこは頂上直下だった。長かった・・・。一休みしてから頂上へいくことにし、荷物を整理し、またフリスビーをやった。さすがにしんどかった。頂上でもフリスビーをやったが、ちょっと顰蹙か。沢はすばらしかったが、黒戸尾根の下りはたまに傷だ。とにかく長かった。痛む膝をかばいながら、黙々とくだる。

 黄蓮谷はスケールの大きな沢だった。今回のメンバーは足並みがそろっていたが、それでもけっこう時間がかかった。ただ、水量という点では若干物足りないものがある。下部はいいとして、すぐに鞍掛沢をわけ、また本谷をわけると、水量はがっくり減ってしまう。ロープは50mを持っていったが、結局ほとんど使用しなかった。滝が大きいので、水量が多いときには、50mのほうが心強いかもしれない。ビバークサイトは、上のほうまで随所にある。といっても増水にたえられるようなところは少ないが・・・。

 

和田川奥山谷

【メンバー】 高嶋、I野、T村、F上、F沢

4月13日

京都22:30→本宮道の駅2:30(仮眠)

京都駅10時半集合。少し遅れて京都駅につくと、珍しく全員揃っていた。今回は1年半ぶりの沢になるが、1年半前に前鬼へ:行ったときと比べて道路事情が格段に向上していて、4時間弱で本宮の道の駅に着いた。夕方から断続的に降っていた雨はもう止んでいた。

4月14日

泊地8:00→畝畑9:00→アメ止め滝上の橋(入渓点)10:15着 11:00発→奥の二俣12:30→甚五郎滝下→甚五郎滝上→泊地

7時起床。各自ご飯を食べて準備をすませ8時に出発。熊野川から赤木川、そして和田川へと入っていく。くねくねした細い道を走ること1時間弱でようやく畝畑につく。こんな山奥に家があるのに驚くが、それにもましてたかだか数軒しかないこの集落に選挙の看板が2か所も設置されていることに驚く。畝畑から奥山谷沿いに伸びる林道は「ホイホイ坂林道」というかわいい名前が付いている。林道入口の看板をみて驚いたことに、地図では途中までしか書かれていない林道が川湯方面からの林道とつながっていた。これまでHPでみた記録はいずれも林道終点から入渓していたが、どうやらアメ止めの滝あたりまで林道で行けそうな感じである。9時すぎに出発。昨日とはうってかわってすがすがしい光を浴びながら、林道を歩いていく。水たまりにはオタマジャクシやヤモリが大量にいた。地図上の林道終点を過ぎてもまだ林道は続く。しかもアスファルトの立派な道になった。いったい何のため・・・。10時15分アメ止めの滝の少し上にかかる橋に到着した。橋のたもとから懸垂一回で入渓、沢床はつるつるして滑りやすい。すぐに成地谷との出合に達する。水は冷たいが、陽射しがぽかぽか暖かい。半時間も経たないうちに最初の滝に遭遇、難なくまけた。ここからしばらく滝が続く。11時半、淵があらわれた。いよいよ濡れるのかと覚悟したが、右岸をうまくへつれた。しかしT村、F上は水にはまってしまった。二股付近からナメが現れ始める。光がうまく入ればきれいなのだが、暗くて今ひとつだ。12時半に奥の二股着。腹が減ったので大休止。奥の二股を右にとる。ナメが続く。ここまで濡れ知らずで来たのだが、思わず滑り台をしたくなった。ちょっと滑りが悪かった。結局全員がすべる。ナメ滝30mは美しいが、落ち口の流木がなければと悔やまれる。そしていよいよ核心の甚五郎の滝45m。なかなか立派な滝だ。右岸のルンゼをひたすら稜線まではい上がり、そこから岩稜を左から回り込んで最初の小ルンゼをつめあげる。そしてコルの反対側のルンゼを下りると滝の落ち口にでた。1時間半かかった。事前の情報がなければ苦労していたことだろう。そこからすこし溯行したところに石垣のある立派なテントサイトがあった。高度計は580mを指していた。久々の沢登りで、結構疲れた。星のきれいな夜だった。冷え込みは思ったほどでもなく、快適にすごせた。

4月15日

泊地7:30→稜線9:30→大塔山→足郷トンネル→京都

6時起床、7時半すぎに出発。今日はもうたいした難場はない。標高650m付近、沢が右に大きく曲がるところで、ものすごい土砂崩れの後があった。その先は両岸が著しく狭まった中に小滝がいくつもつらなっている。或いは直登し、或いは巻いた。最後まで滝があって飽きさせない。800m付近の最後の二股を越えてもまだ滝はある。やがて水はかれる。苔に覆われた涸滝は美しかった。ツメの斜面はズルズルでてこずった。思い思いのルートで稜線へはい上がる。9時半到着。ここからT嶋、I野、T村の3名は大塔山へ向かう。F沢とF上は下山。大塔山の頂上は非常に展望がきき、気持ちのいいところだった。足郷トンネルまで車で迎えに来てくれたらいいなあと話しながら下りていったところ、トンネルの傍らに2人の荷物が残置してあり、本当に車を取りに行ってくれたことを知る。ここから車まで6km、1時間半の道のりだ。いくらも待たないうちに車が来た。感謝!熊野川温泉(400円)に入って、帰京。2週間前に満開だった本宮の桜はすっかり終っていた。

 

幻のナメを求めて

屋久島黒味川〜淀川と口永良部島古岳・新岳

【メンバー】 高嶋、I野、F上、S口

4月27日(晴)

大阪20:25

3年前の西表島に続く「GW南国の沢第2弾」として今年は屋久島へ行くことになった。いや正確に言えば、西表のチケットがとれなかったので屋久島になったというべきかもしれない。鹿児島行きのバス、トロピカル号は梅田を午後8時25分に出発する。遅刻常習犯のT村さんがいることを考えて午後8時にバス停に集合することにした。その後、T村さんは仕事の都合で参加できなくなったが、集合時間はそのままにしておいた。当日バス停に着いてみるとS口さんが来ていない。彼女とは初めての山行でいったいどんな人かわからないが、まさかT村さんのように乗り遅れることはなかろうと思っていた。念のため連絡をとると、8時15分に梅田着とのことだった。10分あれば間に合うか。この日トロピカル号は3台でることになっていた。1号車が来てF上くんが乗り込み出発した。ついで我々3名が乗る2号車がきた。係員に約1名まだ来ていないが梅田には着いている旨を伝える。しかし反応は冷たくいますぐにも出そうな雰囲気だった。S口さんは出口を間違えて反対のほうにいってしまうやら、財布を落とすやらで遅れたらしい。とにかくバスに乗れてホッと胸をなで下ろす。座席は3列でトイレ付き、なかなか快適だった。

 

4月28日(晴)

→鹿児島7:30着 13:40発→宮之浦港15:10着 16:00発→栗生17:00着 19:00発→黒味川左岸林道終点20:00

バスは7時半すぎに天文館に到着、鹿児島随一の繁華街も連休初日の早朝はひっそり静まりかえっている。朝食を食べられるところを探して中央駅の方へそぞろ歩く。高見食堂を発見(最近よくある○○食堂のチェーン店)。天気予報によれば4月30日と5月1日が崩れるらしい。このまま沢に入るか、あるいは前半は口永良部島にいって時間をつぶし後半に沢に入るか・・・。相談の結果、今日は黒味川左岸林道を終点までつめ、天気のいい明日29日に核心のケヅメを通過しようということになった。S口さんも僕も過去に一度増水のため屋久島の沢を敗退した経験があるので、雨に対しては神経質にならざるを得なかった。相談がまとまると、駅へ買い出しにでかける。その途中にあった鹿児島市維新ふるさと館に立ち寄り、がらにもなく文化的な活動をした。ダイエーで行動食や共同食料の買い足しをする。ちくわパン、薩摩揚げなど鹿児島ならでは(?)の行動食が手に入った。その後、港へ向かう道すがら「黒福多(くろぶた)」という店で黒豚料理を堪能する。ここは以前に一度来たことがある。トンカツはとろけるような感じで絶品(ただし値段はそれなり)。フェリー乗り場はすごい人だかりで、まず予約しておいたチケットを手に入れ、ついで再び行列に並んで座席指定券をもらった。今回はトッピーを利用したが、後で聞いたところではロケットの方が安いらしい。所要時間も変わらないとのことで、次回からはロケットを利用しようと思う。船は定刻より10分ほど遅れて出発。波は静かでほとんど揺れない。

宮之浦港に到着後、登山届けを提出するため観光案内所を訪れる。S口さんによれば、港の反対側にある観光センターでは登山届けについていろいろ細かいことを注意されたということだが、こちらはおおらかで、果たして沢登りの計画書だということを認識してくれたかどうかという感じだった。西表のときは不要な荷物をバス停のうらにかくしておいたが、宮之浦は大きな町で隠しておくようなところがなさそうだったので、ここで預かってもらった(500円)。栗生行きのバスは1時間ほど待たねばならなかったので、タクシーを使うことにする。10800円也。まだ夕食にするには時間があったので、とりあえず河口へ向かった。黒味川は河口のすこし上流で小楊子川と合流し、栗生川となって海に注ぐ。河幅は広く水は澄んでいる。上流の山々をみやると、気分もひきしまる。ほどよい時間となったので、食事に向かう。村で唯一の飲食店であるそば屋松竹は休みだった。仕方なく、途中で見たスーパーへ戻り食料を買い込む。閉店が近いのか、あるいは近所で棟上げ式をやっている人たちが買い占めたのか、めぼしいものはほとんどなかった。ありったけ買い込んで河岸へ行き、沈みゆく夕陽を愛でながら食べる。7時前歩き始める。小学校をすぎると、前方右手に七五岳の尖峰がひときわ目につく。小さな峠を越えたところから黒味川左岸林道に入る。やがてあたりは暗くなり、ヘッドライトをつけて歩く。240m付近の二股を右にとると、林道は一気に荒れ模様となる。獣の気配も濃厚で、しばしば動物の鳴き声や鳥の羽音にドキッとする。4kmを約1時間、せせらぎの音が聞こえるようになると終点も間近だ。少し広い所でタープを敷き、ツェルトにくるまって寝る。満月も近く星空がきれいだ。S口さんとF上くんは軽量化のためシュラフなしで寒そうだった。

 

4月29日(晴)

泊地7:05→ケヅメ屈曲点9:35着 10:00発→トンネル10:40→二俣11:20→七五沢出合14:10→メンガクボ沢出合16:15→林道18:00

6時起床。各自行動食をとり、7時5分に出発。ちょうど橋げた跡で沢に下りた。しかしいくばくも行かずして滝に阻まれ巻く。核心のケヅメはこの直後に始まった。S字状の渓谷右岸を延々とまかねばならない。心配していたヤブは思ったほどではなく、むしろ快適なくらいだ。一か所だけ嫌らしいところがあったが、もっと上を巻けば回避も可能である。ただ暑さと川の様子がほとんど伺えないため気が滅入る。屈曲点(450m)でようやく河床に下りることができた。2時間半ほど巻いていたことになる。下流を覗くとものすごいゴルジュだ。ここで半時間ほど休んでから出発。しかしやはり沢通しには行けず、休憩地点から再び巻きとなる。巻き上がったところに軌道跡があった。本来はこのあと一旦沢におり、少し沢を登ってゴルジュ手前で再びこの軌道跡まで登ってくるのだが、明日の悪天をみこしてできるだけ進んでおきたいという思惑から、そのまま軌道をたどってトンネルまで行った。トンネルの向こうはまさに凄絶な光景だった。両岸に迫る巨大なスラブ壁、深くて碧い淵、岩壁から放たれた水は辺り一面に轟音を響かせながらその淵に吸い込まれていく。小休止の後、トンネル脇の階段状岩場を荷揚げ&空身で登り、尾根を回り込むと、ゴーロに埋まった穏やかな谷に下りることができた。これにてケヅメを通過したことになる。午前11時、いささかあっけない幕切れだった。

その後はたいした悪場もなく、11時20分に二股着。時間によってはここを左にとり、林道経由でメンガクボ沢に入ることも考えていたが、時間も早いのでそのまま本流を詰めることにする。2か所で泳いだが、巻こうと思えば巻ける。むしろ泳いでみたかったというのが本音か。先頭のI野さんの絶妙なルート取りでぐんぐん距離を稼ぐ。この付近一帯の森林は原生林ではないが、しかし時折途方もなく大きな木があり、心を和ませてくれる。やがて本流は大きな滝に阻まれた。メンガクボ沢出合である。休憩の後、メンガクボ沢をつめる。少し行ったところに噂のショベルカーが転がっていた。大自然の中で朽ち果てつつある文明の利器は人間の存在の愚かさを教えてくれるようでもある。その先には連瀑帯が控えていた。途中まで登りかけたが、通過困難と判断し、懸垂をからめて滝の下まで戻る。もう5時、日暮れは近い。巻きの途中で暗くなるのもいやなので、ここで泊まろうかとも思うが、林道までがんばることにする。高度差は150m。ヤブはたいしたことなく、ぐんぐん高度を上げる。沢には戻らず、そのまま忠実に尾根をたどると、林道の切り通しの上にでた。そこから空中懸垂で林道に降り立つ。午後6時、行動時間は11時間、長い一日だった。正面には七五岳が夕陽を浴びて輝いていた。盛大なたき火で濡れた体を温める。スジコンがすごくおいしかった。この夜もツェルトにくるまって寝たが、前日ほど冷え込まなかった。

 

4月30日(曇/雨)

泊地7:301345m地点11:40→ナメの庭園12:30 13:30発→稜線15:10

ぽつ、ぽつ。顔に雨粒があたって目が覚める。午前6時。もう雨が降ってきたのか、とブルーになるが、結局この数滴だけだった。昨夜の食べ残しの焼き豚をいれた雑炊をたべ、7時半に出発。沢はここ(1080m)から標高1350m地点まで一気に高度を上げる。巨石が沢をふさぎ、倒木が行く手を阻む。右往左往して行程はなかなかはかどらない。巨石のゴーロは両岸の巨木とあいまって、まるでミニアチュールの世界にいるかのような錯覚をおこさせる。ここでは人は小さな存在だ。やがて沢幅が狭まり、行程は一層困難を加え、ペースは目に見えて落ちていく。沢は荒れてお世辞にも美しいとはいえない。屋久島を知り尽くした太田五雄が「これほど美しい所はかつて見たことがなかった」と形容したナメラ、その天上界ともまがうかのような美しい世界が目の前に控えている、その思いだけが我々の原動力であった。F上くんが先頭にたって果敢に進む。11時半、ようやく傾斜が落ち、沢は右へ大きく向きを変えた。ナメラは間近と感じさせるが、なかなか目の前にあらわれない。ナメ床がはじまってしばらくいくと、ようやく庭園のような風景が飛び込んできた。12時半。これが我々の目指した場所であった。清流は幾筋もの輝く帯となって広い岩盤をかけぬけていた。河岸の岩にはこけが密生し、寝ころんでみると暖かくてなかなか気持ちいい。そこから稜線までは、トポによれば延々とナメが続き、まさに天上への散歩道かと想像させたが、美しい光景はこのほんの一瞬だった。源流部で一泊をと考えていたが、ヤブと倒木でとても泊まれるようなところではなく、稜線までつめあがってしまった。稜線直下まで水が途絶えなかったのは屋久島らしさを感じたが、それ以外はまったく期待はずれの沢だった。結局ロープは3回の懸垂に使ったのみで、ハーケンなどのギアは使わずに済んだ。午後3時すぎに稜線にでて、あちこち泊まる所を探す。稜線に出た地点のすぐ南の小ピークに平地をみつけ、ここで泊まることにした。雨が予想されたので、タープとツェルトをしっかりと張った。今日はカレー。こういうときは無洗米が役に立つ。食事を終えてしばらくして雨が降り始めた。周囲はガスで包まれ、森は荘厳さを加えた。夜は悲惨で、端で寝た僕は頭がずぶ濡れとなり、寒くて眠れない夜を過ごした。

 

5月1日(雨/晴)

泊地8:001435m二俣9:051415m二俣9:45→淀川小屋11:45→紀元杉13:00着 14:58発→安房16:20→宮之浦16:45

今日は下山日。行程は長くない。早起きの必要もないので、ついだらだらしてしまう。食事を済ませる頃、雨は止んでいた。8時すぎ出発。高盤岳とジンネム高盤岳の間のコルから淀川へ下りる。水はすぐに出てきた。源流部は黒味川と同様倒木で埋まりなかなか進まない。やがてガスがとれ、青空が広がった。1435m二股を過ぎるとようやく沢が開けてくる。1410m二股から本格的にナメが始まった。ちょうど進行方向から陽が射しているため、ナメがきらきら輝いて美しい。延々と続く川幅一杯のナメはメンガクボに比べるべくもない。ただこれまで各地の沢で見てきたナメと比べた場合、格段にすばらしいとはいえない。この日は気温が低く水が冷たく感じられ、その分、感受性も下がっていたのかもしれない。あるいは期待が余りに大きかったことの裏返しなのかもしれない。ともかく、それぞれ思い思いにナメを楽しみながら、ゆっくり下降を続けた。やがて橋が見え、淀川小屋に着いたことを知る。翌日ここでワンゲルのパーティと合流し宮之浦岳へ縦走する予定のF上くんは空身で紀元杉のバス停まで我々3名と行をともにした。午後1時すぎにバス停に着いたが、バスは3時までないので、装備を洗い乾かした。雲一つない晴天だ。バスで安房へ行き、そこから宮之浦港までタクシーにのる。というのも、荷物を預けた観光案内所が午後5時で閉まるので急ぐ必要があったからだ。観光案内所で今宵の宿を探してもらったが、連休中とあってなかなか見つからなかった。ようやく「ハッピ」という民宿がみつかった。1泊2500円。おじさんが港まで迎えに来てくれた。気さくないい感じの人だった。宿につくと当然ご飯と思っていたのだが、I野さんの主張で風呂と洗濯が先になった。さらにお目当てのレストランがまだ開いていないという宿のおじさんの情報から、食事の前に買い出しをすませることになった。というのも、翌日行く口永良部島にはちゃんとしたスーパーがないからだ。おじさんがスーパーまで送ってくれた。そしてようやく食事!辺鄙なところにあるにもかかわらず、にぎわっている。畳の部屋でゆっくり食べさせてもらった。料理は2650円、下山祝いとあって少々奮発した。店を出ると辺りは真っ暗。虫の音が夏の訪れを感じさせる。南の島っていいなあ。この開放感がたまらなくいい。

 

5月2日(晴)

宮之浦8:10→口永良部島9:50→民宿→寝待温泉→湯向温泉→民宿

 6時起床。風がきつかったので欠航かと危ぶまれたが、問い合わせたところ出航するとのこと。7時半におっちゃんの車で港へ。8時10分に出航。岸壁を離れたとたんに揺れはじめ、瞬く間に気分が悪くなる。しばらく我慢したが、たまらず吐いてしまう。吐いてしまうと少しすっきりしたが、うち続く揺れには堪えきれず、二度目の嘔吐。2回も吐いたのははじめてだ。S口さんも二回吐き、I野さんは吐きはしなかったが酔っていた。着岸してもなかなか起き上がることができず、船員が催促に来てようやく重い腰を上げた。なんとか岸に降り立ったが、立っていられずすぐに寝転がった。民宿の主人が車で迎えに来てくれていた。S口さんの友人の友人とのこと。民宿は洒落たつくりのログハウスで主人がみずから建てたという。しかしそれを観賞する余裕もなく広間に横たわる。奥さんからもらった梅干しで少し元気を取り戻した。彼女は2月?に来たH内さんのことをよく覚えていた。12時すぎ、ようやく温泉巡りに出発した。民宿の車を借りたのだが、いわゆる「重ステ」で運転したI野さんはしんどそうだ。寝待温泉の海岸で弁当をたべ、温泉を見に行く。偵察によれば、おじさん1人とおばちゃん2人が入っているという(混浴)。女性陣はおじさんがいるから入るのをあきらめ、僕はおばちゃんがいるから入るのをあきらめた。次に立ち寄った湯向(ゆむぎ)温泉はレトロな感じの建物で親しみがわく。一応男女別になっているが、男湯も女湯も脱衣場から浴槽まで玄関から丸見えである。風呂から上がって湯向の集落を散歩した。海岸にうなぎがいるとの看板があった。後で聞けば、ここにはウナギがいて、村人の残飯処理をしているという。食用には適さないとか。民宿に戻ってだだっ広く明るい部屋でそれぞれ読書、昼寝などをして時間を過ごす。夕食は宿泊者全員で(6名)。話し好きのおじさんがいて、自慢話などをえんえん聞かされた。10時にたまらず部屋に退散、彼らは11時に主人に制止されるまで飲んでいたらしい。

 

5月3日(晴)

民宿9:30→七釜10:15→古岳11:30→新岳11:55着 ???発→野池???→七釜15:20→本村→西の湯→民宿

7時半起床、9時半に民宿を出発、車で登山口である七釜へ向かう。地形図にない島内一週道路が完成しており、湯向回りでゆくが、パンフレットの地図がずさんだったため、道を間違える。道は牧場で行き止まりだったが、そこから眺める新岳、古岳は雄大で、とても人口150名の小さな島にいるとは思えない。10時15分、登山口着。七釜集落は昭和初期に噴火で壊滅し、いまはない。ピンク色のテープに導かれ明るい森の中を上っていく。50mごとに看板がたてられ、非常に整備されている。フェリー乗り場などあちこちに登山禁止の看板が立てられているが、これはたんに役場の責任逃れのためであり、「自己責任」で登る分には問題がない。そのせいか、登山口には看板がなく、民宿の主人に教えてもらわねばわからなかっただろう。ガクアジサイの白い花が咲き乱れる急坂をぬけると灌木帯となり、荒々しい火山の様相を呈する。ここからはさえぎるものはなにもない、炎天下の道だ。夏はかなりしんどいだろう。11時半、古岳頂上に立つ。屋久島はガスでみえないものの、360度の大展望台だ。新岳頂上で昼ご飯とする。民宿の弁当にカップラーメン、牛タンの塩焼きと豪華メニューだ。新岳の火口をみやりつつ、野池にむかう。ここは丸く陥没した大地。まわりを森に囲まれているが、ここだけは木がない。鹿の社交場となっていた。地面にはあちこちに円錐状の凹地があり、そこで昼寝をする。丸い空間から丸い空を眺める。流れる雲は風の強さを示していたが、ここだけはまるで別世界のように静寂に包み込まれていた。鹿たちは我々がいつ森から去るのかやきもきしながら見ていただろうが。昼寝を終えると、もと来た道を引き返す。途中、高温の蒸気がでているところがあり、水をいれたコッフェルをおいてみたら、お湯ができた。このお湯でコーヒーを入れる。正面には屋久島が見える。下山後、小・中学校付設の歴史民俗資料を見学、ついで西の湯へ。ここも混浴だが、一応仕切りがある。ここは潮の干満で湯量が変化するらしく、このときまだ一杯ではなかったが、ちょっとつかるには十分な量だった。体が温まったので思わず海に入った。

 

5月4日(曇)

口永良部島10:40→宮之浦12:10着 →永田15:00

海は静かで酔わなかった。永田のなつかしい農村風景が印象的だった。

 

5月5日(曇/雨)

永田9:05→宮之浦港9:40着 12:10発→安房港12:45着 13:40発→鹿児島15:15着 19:45発→

ひたすら移動。昼過ぎから雨。

 

5月6日(雨)

→大阪7:30

雨のなか帰宅。

中津川支流雑魚川外の沢(外川沢)

メンバー タカシマ、キリサコ、イナノ、タケムラ、ホリウチ、コンドウ、カジカワ(見学)

6月22日 京都駅22:00→信州中野IC2:00→道の駅4:00(仮眠)

6月23日 →林道10:00→外の沢出合10:40→取水口12:00→曲り沢出合13:50→2段5m滝14:40→穴明沢出合16:00→泊地16:40

6月24日 泊地7:40→40m多段ナメ滝下9:10→ヤブ突入10:45→稜線11:25→岩菅山13:20→登山口14:30(後発は15:00)→京都東IC

 

6月22日 曇り

京都駅より7人がタカシマ号、キリサコ号の2台に分乗して、一路長野を目指す。小布施PAで合流し、信州中野ICで下車、コンビニで行動食を買おうとしたとき、イナノさんが財布がないことに気づいた。車の扉のポケットに入れていたのが、扉の開け閉めをしているうちに落ちてしまったらしい。結局、小布施PAまで戻っていると、そこに財布が落ちており、無事回収した。そんなこんなで道の駅「北信州やまのうち」に着いたのは4時すぎ、辺りはもうすっかり明るんでいた。この沢はがんばれば1日でも行けるくらいの短さなので、初日はゆっくりでもいいやん、と理屈をつけて7時まで仮眠する。

 

6月23日 晴れのち曇り

ここ数日の雨模様からは想像もつかないような青空が広がる。山々の新緑がきらきら輝き、まるで初夏をおもわせるかのようなさわやかさだ。道の駅で朝食、準備をすませ、とりつきまで車を走らせる。くねくね道をたどること約1時間で外の沢の対面に到着。記録ではもう少し上流の東電巡視路を使ってアプローチしていたが、ちょっと遠回りになるので沢伝いにアプローチすることにした。しかし来てみると立派な道がついていて、30分でちょうど外の沢のすこし下流のところへ出ることができた。

出合はナメ状でとても美しい。昨夜までの降雨のせいか水が多いように感じる。ブナ林にはハルゼミの鳴き声がこだまし、ナメを流れる水の音と絶妙のハーモニーを奏でていた。沢はいきなりナメの連続だが、水量が多いのでハルゼミの声に聞き入っているわけにはいかない。それに今回沢泊はじめての2人が前にいるので、どうしても気になってしまう。SLのキリサコさんにもフォローをお願いした。桐浴さんはしょっちゅう後ろを振り返って注意してくれていた。ああいうきめ細やかさは見習うべきところだ(が、たぶんできない)。30分ほどで外川小屋付近の吊り橋下に着いた。多くの記録はここから入渓しているが、残念なことである。

休憩を含めて小一時間ほど経った頃、目の前にコンクリートの建造物が現われた。取水口である。(林道を使わせてもらっていながらこんなことを言うのは自己矛盾かもしれないが)いったい沢で人工物をみるほど嫌なことはない。この僻地の沢にもあちこちに鉄索が落ちており、美しさに文字通り「水を差している」。

12時55分、10m滝。ここは右から巻く。巻き道はしっかりしており、ご丁寧におり口ではロープが張ってあったりする。釣り師パーティに2組であったが、ここは沢屋よりは釣り師のほうが多いのだろう。沢屋が釣り師よりマナーがいいとは限らないが、しかし竿をたき火にくべたまま放置しているのにはあきれた。

曲り沢を右手に見送ると水量は減るが、しかし依然として川幅にくらべると水量は多いので水圧はなかなかのものである。7m滝は左のルンゼ状から巻く。2段5m滝はやや下流の右手より巻く。ここは道が不明瞭だった。釣り師はここまでこないのだろうか。ここから上流はまたしてもナメとナメ滝の饗宴で、心が躍る。ただ、水量が多いのと、陽が陰ってきたのとで、本来の美しさを目にすることはできなかった。とくに水量の多さはナメの楽しさの多くを奪ってしまった。かえすがえす残念である。それでもすばらしいことには変わりない。とりわけ40m大ナメ滝は圧巻だった。

4時頃穴明沢の分岐を通過、しばらくして傾斜がゆるまる。この辺りで泊まるところを探さねばならないのだが、7人泊まれるようなところはなかなかない。

今宵は春雨スープとご飯。カジカワさんがいつの間にかネマガリタケのタケノコを3本ばかり取っていて、それを焼いて食べた。木がしめっていたのでたき火がいまひとつ勢いがなかった。寝不足もあって早々に寝袋に潜った。

 

6月24日 曇りのち雨

僕にとっては温かい一夜だったが、寝袋なしの人には少々寒い夜だったようだ。やや曇ってはいるが、天気はもちそうだ。雑炊をかきこんで出発する。山菜をとったりしながら、やや単調な沢を進む。やがてブヨがまとわりつくようになる。このブヨは結局、ヤブ漕ぎに入るまでずっとついてきた。少し倦んできたころ、目の前に40m多段ナメ滝があらわれた。実に感動的な光景だった。しかもロープなしで楽々上れるから楽しい。来し方をみやると、遙かに車を止めてある林道がみえる。

すぐ上の二股に雪渓があったが、難なく通過できた。結局ロープは使わずじまいだった。ここまでくると沢はすっかりか細くなる。雪渓が後退した斜面にシラネアオイが広がる。そして10時40分、いよいよヤブ漕ぎに突入。イナノさんが先頭で奮闘する。僕は7人パーティの一番後ろで、まるで高速道路でも歩くかのように楽をさせてもらった。しばらくいくと沢形は不明瞭となり、一度右に振って再び沢状をのぼる。途中、桜が咲いていた。忘れてきた春に出会ったような気分だった。ヤブ漕ぎの最中にもタケノコをとっているカジカワさんには参った。11時半、稜線に到着。稜線の北東方面にはゆるやかな山容の裏岩菅山がどっしりと横たわっている。しばし休憩をして、出発。途中の道にはいろんな花が一杯咲いていた。天気がよければ気持ちのいい稜線歩きだったろう。この時は気温が低く、おまけに雨と風で景色を楽しむ余裕がなかった。ただ眼下の魚野川は一度のぼってみたいと思った。岩菅山に着く頃には雨風が相当きつくなっていた。僕とキリサコさんが先に下りて車を回収することになった。長いドライブが控えているので、早歩き程度、約1時間かけておりた。車の回収には往復1時間強かかり、我々より30分遅れて下山したメンバーを雨のなかこごえさせてしまった。道ばたの温度計によれば気温は11度であった。

発哺温泉に入ったが、温度が低くて寒かった。小布施駅近くで(有名な)トンカツを食べ、高速にのった。高嶋号も桐浴号もガソリンがのこり少なく、姨捨SAで合流しガソリンを入れるよう申し合わせていた。ところが姨捨SAにはガソリンスタンドがなかった。まだ燃料に若干余裕のあるキリサコ号はつぎのSAまで走ることにし、もうかなり危ないタカシマ号は次のICで一旦おりることにした。ところが次の麻績ICでおりたものの、真っ暗で何もない。しかも町に出るにはどの方向へむかったとしても峠を越える必要がある。万事休す、まさに今回の山行で最大の核心となった。冷静に考えた結果、高速にのって更埴まで戻るのがよかろうということになり、更埴まで戻った。峠を越えるまではひやひやものだったが、越えてしまえばニュートラル走行でかなり走れた。結局、ガソリンは2.5リットル残っていた。1リットル8kmくらいの燃費なので、結果的には梓川までなんとかいけたかもしれないが、正確な残量がわからない状況では正しい判断だった。しかしこのために大幅に後れをとってしまい、とうとうキリサコ号には追いつけなかった。

釜川右俣

メンバー T嶋、F沢、I野、N村、H内、T村、S木

7/6

京都駅22:00→道の駅信越さかえ4:00(仮眠)

7/7 くもり

道の駅→林道ゲート前9:00→取水口9:15→810m屈曲点10:10〜10:30→三ツ釜大滝手前200m(標高905m)12:10〜12:35→ヤド沢出合13:30→12m滝手前(1030m)15:25→清水沢出合16:30→三ノ沢橋17:50

 2週間前の外の沢と全く同じく、道の駅に午前4時に到着、これまた2週間前同様に3時間の仮眠をとる。天気予報の晴れマークを当てにしてはるばる来たわりには、空はいまひとつすっきりしない。一目でそれとわかる河岸段丘上の気持ちよい道を走ったあと、釜川のほうへ下る。実に雄大な景色で緑があることに目をつぶればまるでミニ・グランドキャニオンのようだ。釜川はあまりに遠く深いところを流れているのでその姿を垣間見ることはできない。ゲートの手前で車をとめ、出発準備を整える。我々のほかに車が3台止まっている。僕の持っている古い地形図には書かれていないが、新しい地形図にはっきりと実線で書かれた道を下っていくと取水口の下に出る。取水口を難なくこえ、大岩がごろごろするなか、ときおり巻きを交えつつ順調に進む。一ヶ所だけ激しい水流のなかを胸まで使ってへつらねばならないところがあった。10時半、釜川左俣との出合に到着。川を分ける尾根は細くするどく眼前に立ちはだかり、左俣はまたすぐ奥で同じような尾根がV字の谷をふさいでおり、威圧的だ。

 右俣にはいると4mCS滝手前でさっそく泳ぎを強いられる。ついで現れる5mCS滝は右から巻く。上部の岩壁が幕のように展開している。懸垂で河床に戻る。その後も滝が連続し、5mのF2は念のためロープを張って通過するが、これは簡単だった。一旦沢は開けるが、すぐまた滝が始まる。長い淵は左岸沿いを泳いで通過、沢が鋭く屈曲する手前にあるナメ滝で休憩する。F沢さんはここで水と戯れ、N村くんは木と戯れた。そこからすぐ行くと、前方にスラブが見え、いよいよこの沢のハイライト、三つ釜が近づいてきたことがわかる。正直いって写真のとおりなのだが、しかし実際にその場に立ってみると、やはり感動する。規模としては大畠谷とは比べ物にならないし、奇抜さで桃洞沢には及ばないが、まとまりのある美しさは胸打つものがある。I野さんが右のカンテ状を上がるが、ロープが必要とのことでF沢さんがロープをひっぱってI野さんのあとを登る。傾斜はさほどではないが岩がかなり脆く、意外と悪そうだ。ただし後続はゴボウで楽々通過。二段目の滝は同じく左岸の潅木帯を巻く。下りたところはヤド沢との出合。本流は延々とナメ滝が続く。ヤド沢もまたナメ状で奥が気になるところだ。連続するナメ滝の通過は実に気持ちいい。

 まもなく平凡な沢に戻る。F沢さんがイワナを釣り上げた。F5は右岸をへつっていくが、カンテ状を回り込む一手が悪く感じ、ロープを出した。残置ハーケンがあるとのことだが見当たらず、上の潅木で支点をとる。F7は右岸の草つきから露岩を登るが、すこしいやらしく、空身で登った。ここはロープを出して正解だった。懸垂一回で清水沢との出合に降り立つ。

 すでに5時前、判断を迫られる。というのも記録ではここから今日泊まる予定の林道まで2時間を要しているからである。沢は深くV字状に切れ込み、ビバークできるようなところはしばらくなさそうである。それでも最悪右岸を巻き上がれば、1243のピークから容易に林道に出ることができるだろうとの希望的観測をたて、そのまま進むことにした。沢にはガスがたちこめ、暗澹としている。N村くんが先頭にたち、ペースを上げて突き進む。この時間になると泳ぎはつらいが、何度も水に浸かることを強いられる。2本の倒木がある小滝はすこしてこずったが、N村くんの力強く突破し、後続を導いてくれた。2条12mのF9は拍子抜けするくらい簡単に巻け、暗くなるまでになんとか核心部を通過できた。沢はそこから急に開けて穏やかになり、6時前にようやく林道に出た。釣り師がここまで車で上がってきているのを見たときはがっかりした。林道の真ん中にタープを張り、今宵の宿とする。夜の食事は久々に豪華で腹がはちきれそうなくらい食べられた。

 

7/8 曇り時々晴れ

泊地7:40→横沢左俣出合8:20〜8:35→二俣上9:20〜9:35→登山道10:30→小松原湿原10:55→小松原林道12:20〜12:40→駐車地13:50

天気は昨日より幾分いい。昨夜の豪勢さからするとかなり見劣りする朝食をすませ、出発。さすがに釣り師の姿はもうない。横沢右俣出合までは全く平凡な沢。出合の手前に3段の滝があった。手前の滝壷は、ある人は泳ぎ、ある人は胸まで浸かり、僕は後ろからいろいろ観察できたおかげで腰までつかるだけですんだ。N村くんが上の滝を登ろうとするが、結局あきらめ、右手のブッシュ帯を巻く。沢に戻ったところが出合だった。ここで右に行くか、左に行くか、パーティを分けて両方行くか検討する。京都までの長い帰り道を考えて、もっとも距離の短い右俣のさらに右をとることにする。奥の二俣までは、これまで以上に平凡であった。奥の二俣は少し行き過ぎてしまったため、若干ヤブを漕いで右の沢に軌道修正する。直後に50m滝。1段目は右から、2段目は左から越え、あとは階段状の滝を登る。実に爽快だ。その上はヤブっぽいが、ナメ床が延々と続き、楽しく歩けた。そしてあっけなく登山道が横断する地点に到着した。そこから一投足で小松原湿原。こじんまりしているが、数は多い。ワタスゲがさかりだった。静かな道ではあったが、団体2組とすれちがった。ゲートまでの林道歩きは果てしなく長く感じた。