憧れの黒部の谷へ
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1.黒部へ
7月21日、東京へ向かう新幹線の中で志水哲也著『黒部へ』を読んでいた。今月末に仕上げる予定の博士論文で調べ損ねたことが一つだけあった。その一つのことを確認するためにわざわざこの忙しい時期に東京へ行かねばならなかったのだ。忙しいというのはもちろん博士論文を仕上げることが第一であったが、28日からの東北ツアーの計画・準備があり、そのうえ合宿の行き先を決めねばならなかった。すでに丸一日つぶして行き先を考えたがどうもいいところがない。朝日、飯豊、白神、会越、上州などなど、あるものは難しすぎ、あるものは日にちがかかりすぎた。雪が多そうなことやアブが多そうなことからあきらめた山域もあった。そうこうしているうちに、黒部がどうも気になりだした。手元には登山体系くらいしかなく、そこに載せられた黒部の谷は難しそうなのばかりだ。唯一興味を引いたのが赤牛沢で、近くの温泉沢には温泉が湧いているというから、うまくつなげば楽しかろうとおもいエアリアマップをみたが、どうしても3泊4日では不可能だ。もっと情報が欲しい。黒部といえば志水哲也の本を読まねばならない。20日に三条、四条へ行って本屋を回ったが残念ながら彼の本はなかった。21日朝、京都駅へ行ったついでに近鉄百貨店の旭屋書店をのぞいて見ることにした。新幹線を遅らせたかいがあって、彼の本を購入することができた。パラパラと流し読みしていると、カシ薙深層谷という名が目に付いた。「カシ薙」というのはよくわからないが、「深層谷」とはなんて魅惑的な名前だろう。黒部の只中で太古の地層をえぐりだして奔流する不思議な谷のイメージが頭に浮かんだ。いつの時代かわからない、気も遠くなるような昔の地層のうえを歩いている自分がそこにはあった。最後の文章も僕を魅了した。
廊下が終れば両岸とも草が生い茂り、日が谷全体に差している。清流は音もなく流れ、辺りは静寂に包まれて、聞こえるのは水流をひたひたと進む僕の足音だけだ。なんという明るく静かな源流なのだろう。黒部の谷の源流はみんなこんななのか。
寝る間を惜しんで読み進めると「オレントメン谷」という変わった名前の谷があった。谷自体は「ひたすらゴーロを登っていく」という遡行対象としてはまったく興ざめな谷であるが、猫又山に突き上げていることが僕の関心を呼んだ。猫又山といえばカシ薙深層谷のところで「神秘的な池塘とお花畑」があると書かれていたあの山ではないか。じゃあカシ薙深層谷から継続すればすごい山行になるんじゃないか。もう居ても立っても居られなかった。とにかく黒部の地形図が見たくて仕方なかった。
東京から帰って次の日、早速地形図を購入して検討した結果、カシ薙深層谷をターゲットに定めた。場所さえ決まれば、24日のプラン会の資料は順調に仕上がった。
2.出発
東北から帰り、まだ旅行気分が抜けきらないうちに出発の日を迎えた。京都駅には午後9時に集合だったが、鶴岡さんが大幅に遅れて出発は午後10時になってしまった。ぼーっとしていた僕はなぜか京都南インターに向かっていた。高速に乗るや否や渋滞。しかしこれは京都東までで、あとは交通量が多いながらも順調に距離を伸ばす。東北と比べると富山までなんて散歩に行くようなものだし、全員運転できるとあって気楽なものだ。黒部インターで高速を下り、午前3時頃宇奈月駅前の駐車場にテントを張った。
6時半の起床が待ちきれず、一足先に起きて準備をはじめる。台風の影響が心配だが、今日はとりあえず天気はよさそうだ。7時すぎに成田さんがあらわれ全員集合。荷づくろいをして始発のトロッコ列車に乗り込む。列車はまるで遊園地のジェットコースターのようだ。次から次へとトンネルを抜けて黒部の懐に近づいていく。黒薙駅で下車、ここで下りたのはわれわれだけだった。人のよさそうな駅員が話しかけてくる。定年退職してここで働いているらしい。大きい声では言えないが、とこっそり近道のトンネルを歩くことを勧めてくれた。本来は駅から急坂を登って黒薙温泉に向かうらしい。いまはお盆で作業用の電車も通らないということだった。トンネルのなかには水が湧き出しており、したたか飲んだ。トンネルを出たり入ったりしながら黒薙川を遡っていく。水量は予想以上に少ないが、これはどうやら上流の北又堰堤で取水しているためらしい。うだるような暑さ、しかしながらなんとはなしにのどかな夏の谷。トンボが舞いクワガタが飛んでいく。やがて中流部特有の現象が起こった。そう、ヤツが現れたのだ。先頭に立ったら最後、ヤツらの格好の餌食となる。北又堰堤手前のトンネルは狭くて長くヘッドライトが必要になった。中には数多くの蝙蝠が生息していた。朝の睡眠を邪魔された彼らは黒い塊となって出口のほうへ飛んでいった。北又堰堤で小休止。道はここまでである。黒薙川はここで2つに分かれ、左から流入するのが北又谷、右から流入するのが柳又谷である。北又谷は朝日岳の北にある犬ヶ岳から長い流程を経てここに至る。水は澄んでいる。一方柳又谷は白馬から朝日にいたる広大な山域の水を集めて流れ下る。こちらの水は白濁している。レールの上で遥かかなたの未知なる土地を思い浮かべるように、沢の流れを見て沢の始まる山の上に思いをいたす。この水たちはどんなところで生まれ、ここまでどんな景色を見てきたのだろうか。
沢の仕度をして柳又谷の遡行をはじめる。柳又谷は出合からいきなり「下の廊下」となる。谷自体はたいしたことないが、両岸が切り立ちエスケープは難しい。川はさほど水量が多いようには思えないが、いざ徒渉しようとすればその水勢はなかなかのものに感じられた。最初の徒渉で仁田原、上戸の両名が流されてしまったので、以後はできるだけロープを張ることにする。先頭は角谷、鶴岡の両名。沢登りが2回目の中川さんを成田氏がサポートし、仁田原、上戸の両名が続き、僕は最後からパーティ全体の様子を眺めながらついていった。ルートは右へ左へと徒渉を繰り返していくが、徒渉をのぞけば困難なところはない。今から思えば折角ストックを持っていったのだから、女性陣に使ってもらえば良かった。この日はもっぱら沢慣れしている角ちゃんが大活躍だった。常にロープをつけて真っ先に流れのなかに飛び込んでいった。徒渉にも飽き飽きしだしたころ、谷は大きく屈曲し、平らな台地がみえた。トポにある森林台地だ。そこからすぐに谷は大きく開け、この日の目的地である広河原となる。まだ午後1時前だ。これまで休憩する間がなかったので、ここでみなに休憩してもらい、僕は鶴岡さんと2人でテン場を探しに行った。左岸をつたってカシ薙深層谷出合までいくがいいところがない。カシ薙深層谷は本流とは違って水が澄んでいる。いきなり滝なのもいい。明日が楽しみだ。本流を右岸に徒渉ししばらく歩くといいテントサイトがあった。台風で増水すると対岸に渡れなくなるので、本流に固定ロープを設置してからツェルトを設営する。寝床を確保すると、次に薪拾いだ。人が全く来ていないせいか、よく乾燥した薪が至るところにあって、あっという間に揃ってしまった。一段落つくとめいめい好きなことをする。寝る人あり、釣りに行く人あり。僕は雪渓へ氷を採取しに行った。ツェルトはアブの大群に囲まれて快適というには程遠い。日が傾けばましになるだろう。今晩は晩御飯に各自の差し入れが加わる。僕はフルーチェを作った。圧巻は成田さんの「メロン」だろう。次から次へ差し入れが出てきて身も心も満たされる。ただしこれは明日以降の粗食の見かえりでもある。
3.地層の底へ
4時半すぎに起床。みなシュラフの後片付けに余念がないのを見かねて湯を沸かす準備をする。準備をしながら、リーダーがこんなことをしてはいけない……と反省。朝の仕度は要領が悪く、出発は6時15分であった。固定ロープを伝って対岸に徒渉。冷たい。朝一番の徒渉はこたえる。そのまま左岸を伝ってカシ薙深層谷出合に至る。最初の美しい滝は右側を簡単に巻ける。この谷は出合から次々と滝を連ねている。おおむね左岸をまいていく。左に支流を見送り、しばらく行くと連瀑帯。ここもまた左岸の小尾根を乗り越す。5分ほどの巻きを終えて河原に戻ると開豁な谷に白いゴーロが散在するおだやかな光景が展開する。明るい谷の中、岩の間を右往左往しながら楽しく高度を上げていく。真後ろに見える982mピークの頂の高さに近づく頃、美しいチョックストーン滝が現れた。右岸の小ルンゼから草付帯を横切って巻く。谷の奥は心踊るようなみごとなゴルジュであった。数mに狭まった谷の底を滝と釜が交錯する。そのゴルジュの入り口は腰まで浸かる釜。その上の滝は直登不能で左岸の岩場から草付帯を経て樹林帯に巻きあがる。次の滝も登れなさそうなので、さらに上へと大高巻きすることになる。ある程度高さをかせぐと上流方向へトラバースを始めた。滝の上は二股だった。二股の手前に懸垂で下りる。30m目一杯だ。懸垂といっても7人いるから時間がかかる。30分、いやそれ以上かかったかもしれない。二股は両方が滝という見ごたえのあるものだった。本流の滝は登れそうになく、右側にある支流の滝を越えることにする。これは鶴岡氏がリードした。昨日は角ちゃんが奮闘していたが、今日は岩の専家である鶴岡さんが先頭を切っている。僕は行動食を食べながらゆっくり見物させてもらった。滝を越えてさらに2つの流れを分かつ急峻な尾根を登り、ようやく本流に降り立つ。そこは凄まじい所であった。三方が数十mの絶望的な岩壁に囲まれ、残る一方は滝である。全く逃げ場のない空間。寒気を感じずにはおれなかった。幸い川の流れは至極ゆるやかだ。くねくねと続く廊下を曲がったところに滝。先頭を切って突っ込んだ角ちゃんが途中で立ち往生し、救援に向かう。角ちゃんに人間の確保をお願いし、僕は荷上げ。沢用の細いロープではなかなか大変。みんなえらく重たい。もう滝はおしまいかと思ってほっとしたのも束の間、巨大な滝が行く手を阻む。両岸は絶壁。右岸の壁は高そうだったので、左岸から巻く。岩を10mほど登り、樹林帯に入ってビレイ。角ちゃんと鶴岡さんにまず上がってきてもらい、上のルート工作をお願いする。あとは人間と荷物を引き上げる。しんどい。そこからは極細のリッジを数mたどって垂直の木登り。登りきったところは平坦な尾根で、その向こうにはひどく穏やかになった谷が開けていた。再度懸垂で谷に下りる。これで下部廊下が終った。予想以上に手ごわかった。
もう時間があまりないので、ゆっくり休むまもなく(鶴岡氏は水中写真を撮ったらしいが…)遡行を再開する。今日中に上部廊下を抜けてしまわねばならない。台風の動き次第では谷に閉じ込められる可能性があるからだ。両岸が開けた、美しいが平凡な谷を急ぐ。やがて水蒸気が立ちこめるようになり、スノーブリッジが現れた。意外に早い登場だ。そこからはひっきりなしにスノーブリッジが現れる。上を歩いたり、下をくぐったり、横の草付を巻いたり、全体的に薄いものが多いので神経が磨り減る。とりわけ巻きは非常に悪い。やがて巨大な雪渓が現れる。中を偵察にいくが、滝に阻まれて通過できない。うすくなった天井から光が射し、雪渓の中は幻想的だ。暗闇にぼんやり浮かび上がる滝は美しくもあり、また恐ろしくもあった。いそいで駆け戻り、雪渓の上を行くことにする。この雪渓は実に広大で、上部ゴルジュ帯の入り口(登山体系による)まで続いた。かくも雄荘な光景はやはりアルプスならではである。だが風景に酔いしれている場合ではない。上部廊下を抜けるまでは安心できない。雪渓から谷に降り立ち、雪渓の方を顧みる。実に大きな雪渓で、谷底から優に20mは離れている。一番薄いところは数十センチほどしかなく、落ちれば確実に死んでしまう。まさに冷や汗ものだ。上部廊下には大きな滝がいくつかあったが、いずれも直登できるものばかりだ。3つめの滝を越えてスノーブリッジを抜けると、谷はもう源流部の趣を呈していた。夕方の淡く優しい太陽は、このときの我々の気持ちそのものであった。山椒魚とたわむれながら、寝床を探しつつ谷をつめる。1580mくらいのところにいくらか平たい所をみつけた。テン場としてはいま一つ小さい。上の方も偵察してもらったが、あまりいいところはなかったみたいだ(そして結果的には最後の二又まで行ってもいいところはなかった)。仕方なくそこでツェルトを張る。いざツェルトを張ってみると、まるで魔法でもかけたかのように素晴らしいテン場に早変わりした。実際夕日の展望台のような僕らの寝床はどんなホテルよりも素晴らしく、また開放的で気持ちの良いものだった。今日は時間もないので、男性陣は薪を拾い、女性陣は食事の仕度をした。食事はささやかだったが、気分は良かった。この日遡行してきた素晴らしい谷の余韻にひたりながら夜の一時をすごす。ご飯がおわると焚き火のまわりに集まった。焚き火を囲みながら反省会をする。今朝の準備の話を持ち出して、明日はがんばって早く出発することを約する。朝食の仕度は全員がする必要もないので、手のあいた人は自分の荷物を作り、終ったら朝食の仕度る人と交代するというシステムだ。星が綺麗な夜だ。寝る間際には月が昇った。満月だ。晧晧とした光の中に居ると、なんだかそこだけ急に昼間になったようで不思議な気分だ。
4.天上の楽園へ
昨日と同じ4時半に起床。昨夜決めた手順で朝の仕度をする。6時前には出発の準備が整っていたが「またズレ事件」のため出発が若干遅れる。今日はお花畑に会う日だ。本流をぐんぐんとつめてゆくと1680m付近で流れは二分する。左によって本流を歩いていた先頭の二人はこの上部二又に気づかなかったらしい。流れは更にかぼそくなり、小滝を連ねて標高を上げる。やがて雪渓が現れた。昨日と違って両岸は花が乱れ咲くなだらかな草付となって楽しい限りだ。水流の音が絶えると、小鳥のさえずりが聞こえてくる。のどかな黒部の源流だ。雪渓は意外に大きく三又の手前まで続いていた。雪渓から草付をつたって谷に下りるが、この草付が結構いやらしく時間を食った。三又で休憩。とおく毛勝の山々が望まれる。谷筋には雪がびっしりついている。オレントメン谷は大丈夫だろうか。目の前の雪渓を見ながら少し不安になる。三又からは流れは微かになり、山の音が辺りを支配する。いくつか小沢を分けて登っていくと、高山植物が咲き乱れる草原が広がる。素通りするのがもったいないので、水汲みをかねて休憩とする。ゆっくりしたかったが、上はもっと綺麗なはずなので先を急ぐ。水流が途切れ、やぶこぎが始まると思うや否や、もうそこは稜線だった。だが稜線にあると思っていたお花畑はそこにない。このまま稜線を横切ると、たいしたやぶこぎなしでオレントメン谷に降り立つことができる。しかしお花畑を見ることが目標の一つでもあり楽しみでもあったので、そのまま下降するわけにはいかない。お花畑はどこにあるのだろう。ガスがかかって様子がわからないので、上と下とに偵察を出すことにした。僕は上を見に行ったが、ひたすらやぶで見通しが利かない。木に登ってみてもガスで遠くが見えない。こんな状況で上まで行っても仕方ないのでみなの居るところに戻る。下へおりた鶴岡・角谷両氏はお花畑を見つけたらしいが、プールの大きさくらいということで、想像していたものとは違った。ガスがやや薄らいで猫又がちらほら見えるようになった。折角なのでやはり猫又までやぶをこぐことにする。鶴岡さんを先頭に7人が連なってやぶの中を進む。すこし尾根からはずれて左へ寄りすぎているかな、と思っていると前方がぱっと開けた。左には小沢が流れているではないか。オレントメン谷の最源流部だ。谷沿いは両岸が花咲く草原となっており、かくてやぶこぎから解放された。源頭はまさに感動の連続だった。赤、青、紫、黄色、様々な種類の高山植物が咲き乱れていた。アズマギク、マツムシソウ、ミヤマシオガマ、ミヤマナデシコ、タカネツメクサ、などなど。水の流れはさいご雪渓のなかに吸い込まれていった。雪渓の端の緩やかな坂を登り終えると、そこが猫又山の頂上であった。なんて素敵なフィナーレだろう。10時、稜線に出てから1時間が経っていた。残念ながらガスで遠くは見えないが、周囲がぼやけているがゆえにかえって天上界の楽園にでもいるかのような気がするのであった。しかしいつまでも感傷に浸ることはできない。これからどうしようか。頂上についたときはオレントメン谷を下るつもりでいたが、清水岳までのやぶは思ったほど濃くはなさそうだ。雪渓の処理に苦しみさえしなければオレントメン谷の方が早く楽だ。しかし雪渓を下るのを不安がっている人がいるのと、懸垂を繰り返すと莫大な時間がかかるかもしれないという懸念から清水岳経由の下山を考えた。こちらは雨天用エスケープに設定してあったコースで、安全ではあるがやぶこぎが「相当」ある。ときおりガスの切れ目から垣間見える清水岳は果てしなく遠く且つ高く感じられた。結局「安全」をとった。しかしやぶこぎにどれだけ時間がかかるかをあらかじめ知っていれば、オレントメン谷を下っていたかもしれない。
結局頂上には1時間いて、午後11時に出発した。最初はやぶを避けて北側の谷へおり、谷を遡る。沢の源頭はどうしてこんなに心なごむのだろうか。この猫又谷の源頭も花咲く草原だった。今日はこれで3つめの谷となる。ササヤブをかきわけて稜線に這い上がり、長い長いやぶこぎ縦走が始まった。鶴岡、角谷、成田の3名が先頭に立ち、交代でルート工作にあたった。中川さんは慣れないためか遅れがちだ。僕は位置を確かめながら、最後尾をのんびり歩く。猫又山から清水岳までは約1・5キロ、3時間と見ていた。しかしこの推測は甘かった。ところどころお花畑があって目を和ませてくれる。左側は絶えず急峻な地形であったが、その分、植物が少ない。時に左の急斜面を使いながら進んでいくが、慣れない女性陣は遅れが目立ち、少しひやっとする場面もあった。熊の気配が濃厚で、随所に糞があったが、いずれも開けた見晴らしの良いところばかりで、熊でなくても「やりたくなる」ところである。熊に妙な共感を覚えた。2513mピークはお花畑である。ここは頂上から4つの方向に尾根が伸びている。ガスがかかっているので磁石で確認してから進路を決める。このガスはしかしありがたい面もある。かんかん照りのなかでこんな長い間やぶをこいだら発狂すること間違いなしだ。もうこのあたりはハイマツが優勢でハイマツの枝を踏みながら空中浮遊をしているかのごとくふわふわと体を浮かせて進んでいく。清水岳直下で最後の休憩をとり、最後の急登に挑む。傾斜が落ちてくるとハイマツもまばらになり、道らしきものが現れた。そこは広大なお花畑。チングルマが咲きほこる。午後4時。猫又から5時間もかかった。しかしこの美しいお花畑はその苦労を償うのに十分だった。惜しむらくは日没が近づきゆっくりする時間があまりないことだ。雷鳥と戯れた後、うしろ髪を引かれる思いでその場を去る。が、うしろ髪を引かれる必要はなかった。そこから展開した光景はいまもまぶたに焼き付いている。まるで全山が花で彩られているかのよう。雪が多かったせいで、この時期でも花が満開だ。雪渓での苦労がこんな形で報われたのだ。ここはまさに天上の楽園。道が長いせいか人も少なく(というより小屋まで誰一人あわなかった)、後立山の稜線とは対照的だ。何度か足を運んだ白馬や15年前にいった朝日のことはもうあまり記憶にないが、このコースの美しさには及ぶまい。人くさくないのがいい。楽園が終り、樹林の中に入っていくと小虫が気になり始めたが、やがて避難小屋についた。すでに先客が4名いたが、我々7名が入っても十分な広さだった。今宵は予備用のα米を使って、思う存分食べた。先客が早く寝てしまったので、我々も遅くまで起きていることができなかった。
5.再び下界へ
今から思えば、この2日間は夢のような日々であった。谷の情報があまりなく、あまり期待はしていなかった(いい谷ならば人がたくさん入って情報も多いはずだと思っていた)。情報が少ないゆえにまるで開拓者の気分で滝に驚き、雪渓に驚き、お花畑に驚くことができた。情報が少ないからといって、事前の勉強をサボっていたわけではなく、地形図はしっかり読み込んでいたのだが、これほど素晴らしいとは予想できなかった。
今朝はゆっくりするつもりだったが、早く下りるに越したことはないと、小屋を掃除して出発する。下に下りるにつれてガスがとれ、日差しが強まってくる。まだ夏は終っていない。暑い。沢に入りたい。だらだらと長い道が続く。もう沢にいたのが夢のようだ。名剣沢を渡ると林道だが、この名剣沢は昨冬の崩壊により土砂で埋め尽くされていた。自然の力の大きさにあらためて驚く。林道に出たところで休憩。ここからは奥鐘山が見える。といってもあの大岩壁はちょうど反対側で見えないが。出発してしばらくで祖母谷温泉だ。ここですでに一般人を見かけた。風呂の用意もないので温泉を見送って欅平の駅へ急ぐ。いつしか成田さんと二人で先頭を歩いていた。欅平ははじめてだったが、その人臭さに驚いた。下界が、文明が近づくにつれ、どうして我々登山者は肩身が狭く、みすぼらしくなるのだろうか。露骨に臭そうな顔をされながら(実際臭かったのだが)、切符を買いに行く。最初は2時までないと言われたが、ねばっていると12時7分発の切符を出してくれた。宇奈月まで1時間20分。トンネルとトンネルの間にあらわれる景色が印象的だ。とりわけ黒部の山深くに食い込むルンゼはいかにも険悪に見えた。宇奈月で温泉に入る。ここの露天風呂がなかなかよかった。ついで回転寿司でお腹を膨らませ、電鉄黒部駅で成田さんを下ろして帰京した。